こんにちは。「宇宙の法則」エバンジェリスト
にしきです。

生き方には主に二つの考え方があります。

【自分の思ったことを実現しようとする生き方】

【起こってくることを受け入れようとする生き方】

どちらがいい、悪いというわけではありません。

「自分の思ったことを実現しようとする生き方」は、わりとシンプルです。

「もっとお金持ちになりたい」とか「すてきな人と出会いたい」とか
「自由でいたい」とか「○○したい」という願望を叶えようとするのがそれですよね。

ところが、「起こってくることを受け入れようとする生き方」はそれとは真逆です。

自分の思いは基本的にナシ。
それでも出来事は起こってきますので、それをジャッジなく受け入れる生き方です。
頼まれごとをこなしたり人々に奉仕しようとしたりする生き方が近いです。

にしきは、実は「起こってくることを受け入れようとする生き方」派です。

ある懇親会で、
「僕は自分の思いや願望を実現するために生きているのではなく、宇宙からもらった使命をちゃんと実行するために生きています」
と言ったら、
「そんな生き方もあるんですね」
と驚かれました(笑)。

自分の思ったことを実現しないと(願望実現しないと)、
何が起こるかわからない、というところかもしれませんね。

「起こってくることを受け入れようとする生き方」・・・
確かにちょっと心許ない気もしますよね。
何があっても受け入れるってことですから。

なぜこういう生き方ができるかというと、にしきの場合は、「偉大なる力」を体験したからです。

僕は「僕でない力」をこれまでたくさん体験しました。
そしてそれは僕を助けてくれる頼もしい力だというのがわかっています。

それを「宇宙の計画」とか「人生の計画」とか「宇宙のシナリオ」なんていう言い方で
呼びます。

人生は一瞬一瞬の波動で決まるのではなく、壮大な計画のもとに行われているというのが
僕の実感です。
(波動が低いから障がい者として生まれたり、貧困地帯に生まれるのではないのです。
自分が定めた「人生の計画」によって、学びのためにそういう設定で生まれてくるのです)

僕は僕だけでなく、「偉大な力」と常にともにある。
(たまに忘れるけど・・・)

こんな感覚を「委ねる」とか「降参する」と呼びます。

「降参する」って聞き慣れない、変な言葉かもしれませんが、スピリチュアルの文脈では
偉大な力を前にして、自然とこうべが垂れるかんじです。

ご来光を見たとき、日本人だったら自然と両手を合わせてお辞儀をするじゃないですか。
あれです。「降参する」って。

だから、日本人にとって「委ねる」とか「降参する」、その内実の「偉大なる力」とともにあるのは自然なことなんです。

僕は、引き寄せや現実創造では、「自分の思いを実現したい」というだけではなく、
この「委ねる」とか「降参する」というのも必要になる、とよく言います

「実現したい」という個人の思いだけじゃ足りなくて、それを実現する宇宙の力が必要なんです。

宇宙の力を呼び込むのが、この「委ねる」とか「降参する」ということです。

「偉大な力」を知ったら、人は謙虚になります。
だって、自分では太刀打ちできない力があるとわかってしまうのですから。

なので、引き寄せ自慢をしている人を見ると、「謙虚になったほうがいい」とつい言って
しまうのですが、それは、引き寄せが起こったのはあなたの個人の力ではなく
偉大な力のおかげだから、その偉大な力を知ったほうがいいよ、ということを言いたいのです。

偉大な力を知ったら、自然と謙虚になります。
自然と感謝できます。

「引き寄せではいつも感謝が出てくる。
感謝の強要ですか?」

なんて曲がって受け取る方もいますが、引き寄せを起こすような「偉大な力」を知ったら、自然とこうべが垂れる。
ありがたいと感謝する。
そういうものなんですよね。

自分の願望や思考を手放すから偉大な力につながれる。
それが「委ねる」や「降参」。

手放しとか信念を書き換えるとか、いろいろテクニックはあるのですが、
さらに大事なのは「委ねる」や「降参」といったある意味
基本的だけど忘れられていることではないでしょうか。

(もちろん本物の引き寄せの法則にはこのニュアンスがあります。
エイブラハムだったら、「オールを手放す」ということ。
オールを手放せば、人生の川があなたを目標へと最速で連れて行ってくれるのに、
そうじゃない、頑張るんだとやっているから、うまくいかないのですね。
委ねて降参すれば、人生の川の力を利用できます。
エイブラハムでも実はここがポイントです)

■魂の願望
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