皆さん、こんにちは。「宇宙の法則」エバンジェリストのにしきです。

春分の日に、チチェン・イツァーにて「願いの種」のセッションを行いました。
春といっても、こちらは連日35度ぐらいの暑さ。日光は強烈に肌を焼きます。にしきはすっかり日焼けをしました。

この春分の日に、ピラミッドの影が階段に降り注ぎ、蛇がうねるような姿を現します。このタイミングに合わせて、セッションを行います。

参加された方は、どんな感じがしたでしょうか。
また、参加者には遺跡のハイライトを交えてセッションの動画をプレゼントしますので、お楽しみに。

さて、このチチェン・イツァーの遺跡で感じたことは、「力、パワー」です。

チチェン・イツァーのピラミッドは、内側にもうひとつ小さなピラミッドが入っているのをご存知ですか。
もともとは小さなピラミッドだったのを、ある支配者がさらに大きなピラミッドにしたのです。
古い遺跡の上に新しい遺跡を立てるのは、マヤでは一般的に見られるもので、ちなみに、小さいピラミッドはゴムの木による木製で、彫刻が施されているそうです。

なぜ、このような大きなピラミッドを立てたのでしょうか。
それは、「力の誇示」というのが大きいです。
支配者が、自分の業績を歴史に刻むため、こういう大規模なモニュメントを作ったのです。今も昔も同じですね。
そういう力、権力、パワーを、チチェン・イツァーでは感じます。

パレンケでは王や女王が、民のために政治を執り行った、という感覚が強くあります。建築物の配置などから、実際の政治の場だし、人々もそこで暮らしていたと感じるのです。
しかし、チチェン・イツァーは「祭礼の場」としての機能が強いよう思えます。それは簡単に言うと、強さを尊ぶものです。

ピラミッドの隣にある「戦士の神殿」や、「千本柱の間」は、強い戦士を讃えるものです。マヤには統一国家はなく、数多くの都市国家が覇を競いました。チチェン・イツァーがこれだけ大きくなるには、強い戦士が必須でした。

中米で最大の球技場では、2つのチームが名誉をかけて球技を戦いました。そして、勝ったほうのキャプテンが、生贄になる名誉を得たのです。

また、ピラミッドから数百メートル離れたところに、ユカタン地方で最大の聖なる泉、セノーテがあります。

パレンケは水が豊富なところですが、ここユカタン地方は地形のため川がなく、水源をセノーテに頼っていました。
しかし、干ばつは容赦無く襲ってきます。
そのとき、太陽の怒りを鎮め、雨をいただくために、このセノーテに生贄が捧げられました。
今からだと残酷な感じがしますが、そういう時代だったのです。
こんな意味での祭礼が行われた場所が、チチェン・イツァーなのでしょう。

こういう力や強さが悪いというのではありません。

あなたにも強さが必要ですよ。
強さがあるから、自分がはっきりする。
前に進める。
スピリチュアル的には、優しく、周りに気遣いをするのがいいことなのではないのです。

しかし、今、にしきが感じるのは、この強さを違う意味での「強さ」に変える必要がある、ということです。

苦境を前に、逃げずに戦うのは強さです。
命を投げ打って誰かの役に立とうとするのは奉仕です。
それはそれで、美しい性質だと思います。
僕たち日本人もかつてこういう性質を強く持っていました。

しかし、こういう強さは、いったん動き始めると止まらなくなる危険性もはらんでいます。

チチェン・イツァーも、強さを志向して、結局、対立する都市に滅ぼされました。
人類の歴史はこういう間違いの繰り返しだともいえます。

2012年を過ぎ、新たな時間が始まっている今、必要なのは新しい「強さ」です。

新しい強さとは、「愛」「感謝」「許し」「思いやり」「シェア」といった意味での強さです。

相手が攻め込んできたら、戦って自分を守る。
ある意味、当然です。
しかし、それが戦いの歴史なら、もう変えないといけない。
この考えを手放さないといけない。
でないと、あなたは新しい文明にたどり着けないでしょう。

だから、「愛」「感謝」「許し」「思いやり」「シェア」なのです。

「愛」「感謝」「許し」「思いやり」と聞くと、なんだか軟弱な気がするかもしれません。
しかし、そうではありません。

愛ほど強いものはないし、そこに癒しや力や豊かさなど、すべてがあるのです。

あなたは、すべての人に「愛」「感謝」「許し」「思いやり」「シェア」の気持ちを持つことができますか。

あなたに良くないことをした人を許すには、許しの強さを持つ必要があります。「許せない」と思うのは、あなたが心理的に相手に否定性を向けていないと、心のバランスが取れない、弱い状態にあるからです。

いつでもあなたが「愛」「感謝」「許し」「思いやり」「シェア」の気持ちであるなら、対立は避けられます。
(いい気分の究極の方法は、「愛」「感謝」「許し」「思いやり」「シェア」といったものでしょう)

そのために必要なのが新しい強さです。

チチェン・イツァーで思ったのはこのことです。